Pocochan通信

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     天皇陛下は在位中最後の全国戦没者追悼式でも、「深い反省」との表現を「お言葉」に盛り込まれた。元側近は「戦争に至った歴史に学び、反省すべき点は反省し、日本が決して同じ道を歩まぬようにとの思いを、きちんと言っておきたいとのお気持ちがあるのだろう」と説明。来年の退位を控え、戦時中に少年時代を過ごした陛下の平和への思いが強く表れたお言葉と言える。

     お言葉は陛下が自ら執筆。「深い反省」の表現は戦後70年の節目を迎えた2015年から使っている。今年は新たに「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ」との文言が加わり、さらに「平和」を強調する内容となった。

     84歳の陛下は小学校の終わりごろまで戦争のない時を知らずに育った。終戦後に疎開先の栃木・奥日光から帰京。その時見た焼け野原になった東京の光景が原体験になっているとみられ、80歳の記者会見(13年12月)では最も印象に残っている出来事を「先の戦争」と明言した。

     戦後生まれが国民の8割を超える時代を迎え、「先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切」(15年12月の会見)と歴史に学ぶ重要性を重ねて訴えた。「心配なのは、次第に過去の歴史が忘れられていくのではないかということ」(09年11月の会見)と戦争の記憶の風化を強く懸念。国内外の激戦地に赴き、戦没者を慰霊することを「生涯を懸けた務め」(別の元側近)としてきた。

     来年の式典は戦後生まれの新天皇が新皇后と共に参列する。陛下の元側近は「世代の違いはいかんともし難いが、平和への姿勢も含め、今の陛下のお考えやなさりようと本質的には変わらないのでは」と次代への継承に期待する。 

    〔写真説明〕全国戦没者追悼式で黙とうされる天皇、皇后両陛下=15日正午、東京都千代田区

    全国戦没者追悼式で黙とうされる天皇、皇后両陛下=15日正午、東京都千代田区


    (出典 news.nicovideo.jp)




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    今回は漢字の問題です。所謂、「難読漢字」といわれている漢字です。「鬼灯」「糸瓜」「饂飩」という3つの漢字を読むことができるでしょうか。おそらく、あなたはこれらの漢字で書かれたものを知っています。しかし、漢字で書くとどうなるのかなどと考えたことはないのではないでしょうか。一体これらの漢字は何と読むのでしょう。

    1つ目の漢字は「鬼灯」です。2つの漢字を1文字ずつに分けると、「鬼」と「灯」です。なんとも恐ろしい感じがします。この漢字は、ある植物の名前を表しています。その実が赤い提灯のように見えることからこの漢字になったともいわれているそうです。この由来は大きなヒントになるのではないでしょうか。

    -答えです。


    「鬼灯」と書いて、「ほうずき」と読みます。たしかに、緑の葉っぱの横についている実は、赤い提灯のようにも見えますね。ただ、「鬼灯」の漢字の由来は、これだけではなく、他にもいくつかあるようです。

    -2つ目の漢字は、「糸瓜」です。


    これも植物の名前です。そのまま読むと「いとうり」ですが、昔は実際に「いとうり」とよばれていたそうです。この植物の実は繊維質で長さが60㎝ほどあり長い筒型をしています。夏にはグリーンカーテンにすることもあります。

    -答えです。


    「糸瓜」と書いて「へちま」と読みます。確かに、へちまの実は繊維質で長いですね。

    -3つ目の漢字は「饂飩」です。


    これも食べ物ですが、植物ではありません。この漢字からその食べ物を想像するのはかなり難しいと思います。この食べ物は香川県の特産品です。これはかなり大きなヒントです。

    -答えです。


    「饂飩」と書いて、「うどん」と読みます。「うどん」という名前は、小麦粉の皮に餡を包んで煮た「混飩(こんとん)」という名前の唐菓子に由来しているという説があるそうです。

    難読漢字は、植物の名前、食べ物の名前、動物の名前、苗字などの中に数多くみられます。難読漢字の読み方や由来を調べて見るのも面白いかもしれません。

    今回は食べられるものに関する難読漢字の問題でした。難読漢字にはまだまだ色々な種類があります。「鴨脚」など、興味深い難読苗字 というものもありました。


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    この難読漢字いくつ読める?全部読めたら天才かも?!


    (出典 news.nicovideo.jp)


    <このニュースへのネットの反応>

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     秋篠宮ご夫妻が、長女眞子さま(26)との婚約が内定している小室圭さん(26)と母親に対して「このままでは納采の儀の準備を進められない」との意向を伝えられていたことが分かった。小室さん側の「金銭トラブル」について、秋篠宮ご夫妻が事実関係を公に説明することを求めたが果たされないことが背景にあるという。

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    秋篠宮ご夫妻=2018年7月31日、渡部直樹撮影


    (出典 news.nicovideo.jp)

    【皇室:「納采の儀進められない」秋篠宮ご夫妻が小室さんに】の続きを読む

     秋篠宮家の長女眞子さま(26)との結婚が延期になっている小室圭さん(26)が7日、米ニューヨークのフォーダム大ロースクールに留学するため、米民間機で成田空港から出発した。

     小室さんは、ダークスーツに青のストライプのネクタイ姿で、黒のビジネスかばんを左手に持って搭乗口に現れた。報道陣や乗客が見守る中、千葉県警の警護官に先導され、やや緊張した面持ち。「行ってらっしゃい。頑張ってください」との報道陣の声掛けに、会釈して飛行機に乗り込んだ。期間は3年を予定しているという。 

    〔写真説明〕米ニューヨークに留学するため、出発する小室圭さん(中央)=7日午後、成田空港

    米ニューヨークに留学するため、出発する小室圭さん(中央)=7日午後、成田空港


    (出典 news.nicovideo.jp)




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     宮内庁は7月17日、秋篠宮眞子内親王と婚約が内定している小室圭さんについて、小室さんの留学予定先である米フォーダム大学に対し、小室さんが眞子内親王のフィアンセではないことを伝達すると発表した(「毎日新聞」2018年7月18日ほか)。

     フォーダム大学は先月初め、小室圭さんがロースクールに8月から留学すると発表し、ホームページに小室圭さんのことを「fiance of Princess Mako(眞子内親王の婚約者)」という言葉で紹介していた。これに、宮内庁が待ったをかけたわけである。なぜなのか。宮内庁は2017年9月3日に、「本日、小室圭氏と御婚約が御内定になりました」と発表している。これまで、一貫して「婚約した」ではなく、「婚約が内定した」との表現なのである。その後、2018年2月7日に「ご結婚関係儀式等のご日程の変更について」を発表し、2020年まで結婚関連の儀式を延期することを決定している。

     眞子内親王と小室圭さんは婚約内定記者会見をすでに行っており、2人は「婚約状態」にあると思っていた人は多いのではないか。なぜ、ここまで宮内庁は正式な婚約にこだわり、フォーダム大学へ事実関係を伝達することにしたのか。ここで問題となるのが、皇室のしきたりともいえる儀式「納采(のうさい)の儀」である。

    フォーダム大学の認識は「誤解」

     宮内庁によれば、皇室では伝統的に「納采の儀」を経て正式な婚約となるという(本来は、眞子内親王と小室圭さんの納采の儀は今年3月4日に行われる予定であった)。つまり、宮内庁は、今の時点では眞子内親王が小室圭さんと婚約した状態ではないと判断したのである。それゆえ、フォーダム大学の認識は「誤解」であるとして、それを解くために小室圭さんが眞子内親王の婚約者ではないことを宮内庁が伝える、というのが冒頭の報道であった。

     この伝達を受けてであろう、現在ホームページでは「Mr. Komuro and Japan’s Princess Mako announced in September 2017 that they plan to marry.(小室氏と眞子内親王は結婚する予定だと2017年9月に発表した)」と訂正されている(8月5日時点)。

    納采の儀は、仁徳天皇にまでさかのぼる「結納」にあたる儀式

     では、その納采の儀とは何だろうか。古くは、中国の前漢時代の婚約・結婚に関する儀式であり、日本では仁徳天皇にまでさかのぼると言われる。一般では「結納」と呼ばれる儀式に相当するもので、皇室の儀式が一般社会に浸透して結納が行われるようになったとのことである。2014年、高円宮典子女王が千家国麿さんと結婚した時には、婚約内定から約1カ月後の7月4日、高円宮邸で行われた(眞子内親王と小室圭さんの納采の儀は、婚約内定から半年後に行う予定だった。その期間が長いのは、NHKのスクープによって婚約内定を早く公表しなければならなかった事情があったからだろう)。

     この時の納采の儀は千家国麿さんの叔父である千家和比古出雲大社権宮司が高円宮邸を訪問し、応接室で高円宮久子妃と典子女王に「千家国麿は結婚を約するために典子女王殿下に納采を行いたく存じます」と述べ、納采の品の目録を渡すというものであった(「朝日新聞」2014年7月4日夕刊)。納采の品は、木箱に入った清酒3本 、白い絹のドレス生地(披露宴に使われる)、鮮鯛と呼ばれる鯛の代金であった。これによって高円宮典子女王と千家国麿さんが正式に婚約したのである。その後、告期の儀が行われ、結婚式の日取りが告げられた。

    プロセスを重要視した皇族の結婚

     2005年の紀宮清子内親王と黒田慶樹さんが結婚した時の納采の儀は、それとは少し異なる。まず、黒田さんのいとこである黒田直志さんが黒田家の使者として、納采の品の目録を携えて皇居を訪問する。宮殿桂の間には、納采の品である清酒3本、白い絹のドレス生地、鮮鯛2尾(この時は本物)が並べられ、黒田直志さんが湯浅利夫宮内庁長官に目録を手渡し、「清子内親王殿下と黒田慶樹氏のご婚約にあたり、納采のため参上しました。お品をお納め願いとうございます」という趣旨の言葉を述べた。

     その後、湯浅長官は天皇皇后と清子内親王に納采の品が届けられたことを報告し、使者の黒田直志さんに天皇皇后が納采の品を受けとったことを伝え儀式は終了する。つまり、直接目録を受け取った高円宮家とは異なり、天皇皇后は宮内庁長官を通じて、儀式を行ったのである。

     また、この時は清子内親王が天皇皇后や皇太子夫妻、秋篠宮夫妻にあいさつし、小泉純一郎総理大臣や三権の長、皇族などから祝賀のあいさつを受ける行事を行った。また納采の儀に前後して、天皇家の使者である侍従が黒田さん宅を訪問。背広2着分の濃紺の生地や清酒、鮮鯛を贈った(「朝日新聞」2005年3月19日夕刊)。つまり、天皇の娘と結婚式を行うような品位を保つための生地などが結婚相手に送られたのである。このように、皇族の結婚は様々な儀式を経てなされる。プロセスが重要視されているとも言えるだろう。

     なお、男性皇族が結婚する場合も、相手の女性の家へ使者が向かい、納采の品を渡すという儀式が行われる。ただし、儀式の内容は本人の立場や状況によっても変化があるようである。しかし、男性であっても女性であっても、皇族は婚約するにあたって、必ず納采の儀を行う。それによって、相手は正式な婚約者となる。

    結婚によって皇室の権威性・神秘性が毀損されてはならない

     なぜ皇室ではこの納采の儀のプロセスを重視して、現在も結婚儀式の一つとして残しているのだろうか。明治維新後、再び天皇を中心とした政治制度が構築された。その中では、皇室に関する儀式も様々に再興されたり、荘厳化されたりしている。それは、皇室制度・儀式を整備構築することで、人々に「支配者」としての天皇を印象づける作用をもたらしていく。儀式が厳格化すればするほど、そこには権威性・神秘性を持たせることができるだろう。先程述べた様に、皇族の結婚が様々な儀式をいくつも経てなされる背景には、そうした過程を人々に見せ、自分たちとは異なることを示し、権威性を保たせようとしたのである。

     逆説的に述べれば、結婚によって皇室の権威性・神秘性が毀損されることがあってはならない。だからこそ、結婚に至るまでのプロセスの主導権は、常に皇室の側にあり、その過程で相手側は家柄や経済力などを見定められる。フォーダム大学が小室圭さんをフィアンセだとホームページで紹介したことは、日本の皇室の権威性を重く受け止めている証左とも言えるだろう。

    納采の儀は、皇族の縁談を安全に進める装置のようにも考えられる

     また、一般の結納から想像されるように、その儀式は家と家との関係性が重要視されていることがわかる。家制度が強固に構築された明治期以降、結婚も家と家との関係で行われた。個人同士の自由恋愛のみでは、そうした儀式は行われないだろう。その家制度の頂点こそ、皇室であった。だからこそ、皇族は納采の儀を行い、家と家との結婚を印象づけた。人々はそれをモデルにして、家制度をより強固にする結納を行っていく。皇族は近代の支配システムを構築するため、その儀式を行ったのではないか。

     現在、そうした家制度はなくなり、家と家との関係性による結婚も少なくなりつつある。しかし、象徴天皇制は必ずしも、戦後の感覚だけではなく、戦前の慣行を引き継いでいる部分もある。戦前のように皇族や一部の華族など、限定された範囲での婚姻関係ではなく、現在は美智子皇后以降、その婚姻範囲は一般の人々にまで広がっている。納采の儀を経て正式婚約という制度自体が、現在の日本社会の婚姻事情に合っているのだろうか。

     宮内庁が眞子内親王と小室圭さんが納采の儀を経ておらず、正式に婚約しているかどうかにあえてこだわり、わざわざフォーダム大学のホームページの発表にクレームをつけたのは、彼ら自身が旧来の考えをまだ残しているからと言えるようにも思われる。一方で、マスメディアによって、「予期せぬ時期に」婚約報道がなされ、人々に広がってしまう現状を考えるとき、納采の儀を経て正式婚約に至るという過程こそ、皇族の縁談を安全に進める装置のようにも考えられる。今回の宮内庁の姿勢が、皇族の結婚とは何かを私たちに考えさせる契機にもなっているように思う。

    (河西 秀哉)

    7月31日、ブラジル公式訪問から帰国された眞子さま ©JMPA


    (出典 news.nicovideo.jp)




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