Pocochan通信

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    カテゴリ: 歴史

    鹿児島県内に残る出撃拠点やゆかりの地を訪問する「特攻隊慰霊ツアー」(後援・公益財団法人特攻隊戦没者慰霊顕彰会)が、10月11日(木)~13日(土)の2泊3日の日程で開催されます。
    ツアーは産経新聞社が企画、サンケイツアーズが実施します。ツアーには、特攻隊員や遺族への取材を長年続けている宮本雅史編集委員が案内役として同行します。最終日の13日には、鹿屋市で開かれる旧海軍航空隊串良基地出撃戦没者追悼式に参列。ほかに知覧特攻平和会館(南九州市)、万世特攻平和祈念館(南さつま市)などを訪ねます。

    ■ツアー概要
    日  程:2018年10月11日(木)~13日(土)
    旅行代金:15万円(税込み)
    定  員:先着20名

    【主な訪問先(予定)】
    万世特攻平和祈念館(南さつま市)
    知覧特攻平和会館(南九州市)
    指宿海軍航空隊基地跡地(指宿市)
    望比公園(指宿市)
    海上自衛隊鹿屋航空基地(鹿屋市)
    串良平和公園(鹿屋市)
    櫻花の碑(鹿屋市)

    【申し込み・問い合わせ】サンケイツアーズ(電話03・5283・8250、平日午前9時半~午後5時半、土曜は午後3時まで)

    配信元企業:株式会社産業経済新聞社

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    (出典 news.nicovideo.jp)




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    毎月決まって購入するファッション雑誌はありますか?最近はネットやアプリでファッションスナップを見ながら、流行をチェックしている人も多くなっていると思いますが、江戸時代にもおしゃれに気を使う人はもちろんいたわけで、そんな人達に向けた雑誌もいろいろと刊行されていました。

    今日は江戸時代に刊行された「当世風俗通(とうせいふうぞくつう)」という指南書を紹介します。

    当世風俗通は安永2年(1773年)に金錦佐恵流という人物によって書かれた書物で、現代風に言えば”今どきファッション紹介マガジン”といった感じでしょうか。安永2年当時のイケてるメンズファッションが紹介されているんです。

    大辞泉によると”若者向けの傾城買いの指南書”とのことで、”傾城買い”とは遊女と遊ぶ、遊女を買うことを指しますので、カジュアルな普段スタイルというよりも、ここぞという時のキメスタイル寄りですね。

    実際に内容を見てみると、当時の若者のおすすめスタイリングを絵図入りで紹介しており、それぞれのスタイルに極上之息子風、上之息子風、中之息子風、下之息子風などの見出しが付いています。




    このあたりは現代でいうところのストリート系、オラオラ系、ちょいワル系などのジャンル分けに似ていますね。

    さらに当世風俗通には「イケてるヘアスタイル 8選」も紹介しているんです。ファッション誌の中にヘアスタイルコーナーがある現代の雑誌と同様の構成に思わずにんまり。

    た・だ・し…

    江戸時代なのでもちろん、ちょんまげです(笑)

    当時の若者がこの雑誌をどこまで本気で参考にしていたかは不明ですが、現代のように流行を手軽にチェックする手段が少なかった江戸時代において、おしゃれに気を使う人たちにとって、こういった指南書は貴重な情報源だったに違いありません。

    今回紹介した当世風俗通は実は前後編の前編で、後編は「後編当世風俗通」や「当世女風俗通」という名で、女性版の指南書になっています。こちらはまたこんど紹介したいと思います。

     


    (出典 news.nicovideo.jp)




    【町娘ウケ抜群?江戸時代にもモテファッションを紹介するメンズ向け雑誌があった!】の続きを読む

     真言宗の開祖で「日本三筆」の一人として知られる弘法大師・空海の直筆書を基にした拓本が四天王寺大学(大阪府羽曳野市)で見つかったと、高野山大学密教文化研究所(和歌山県高野町)の大柴清圓研究員が6日、発表した。書の内容は古くから知られていたが、特定されていなかった書の日付が今回の拓本で判明した。

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    弘法大師・空海の直筆書の拓本(冒頭部分)=四天王寺大「恩頼堂文庫」提供


    (出典 news.nicovideo.jp)




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    史跡巡りをしていると、思わぬところで有名人のお墓に出くわすことがあります。今回は都内品川にある、幕末に知られた土佐・長州藩士や大名の墓を紹介します。

    板垣退助の墓

    襲撃されたときに発した「板垣死すとも自由は死せず」で有名な、元土佐藩士で自由民権運動の父、板垣退助。

    彼の墓は京浜急行電鉄の「新馬場駅」からすぐ、品川(ほんせん)神社の裏手にあります。江戸時代は広く江戸を見渡せたという高台にあり、富士山を模した「富士塚」があり大変賑わいました。一見しただけではわかりにくいのですが、社殿の右手に小さな案内板が立っており、なかば訝しんで裏手に回ると、本当に板垣退助の墓があります。

    仏教式の墓石ですが、周りには寺はありません。何故ぽつねんと墓だけがあるのかというと、元々は高源院という寺の敷地だったのですが、関東大震災後に世田谷区へ移転してしまったのだそうです。大正8年(1919年)に寺に葬られた板垣の墓は、そのまま残されました。

    すぐ目の前は崖になっていて、眼下には民家の屋根が見えます。今は木々の葉陰に空が見える程度ですが、昔は見晴らしがよかったのだと思います。手前には佐藤栄作の揮毫した「自由は死なず」の石碑もありました。

    品川神社には、小さいながらも貴重なものばかり収蔵されている宝物殿があり、幕末三舟と言われた勝海舟・高橋泥舟・山岡鉄舟の揮毫した掛け軸などもありますので、幕末の息吹を感じること間違いなしです。




    山内容堂の墓

    旧東海道の「品川宿」を出てすぐの鮫洲駅近くの小高い丘に、「山内豊信(容堂)墓」はあります。

    山内容堂は土佐藩15代藩主。幕末の四賢侯と称された人物でしたが、「酔えば勤皇、覚めれば佐幕」と西郷隆盛ら周囲の志士に揶揄されたように、心から倒幕に賛同していたわけではなかったようです。

    明治維新後は内国事務総裁に就任しましたが、かつての下々の者と馴染めず明治2年に辞職。隠居後は妾を十数人も囲い、酒と作詩に明け暮れる日々を送りましたが、長年の痛飲が祟り46歳の若さで脳溢血に倒れ亡くなりました。明治5年(1872年)のことです。

    墓所は
    遺言により「大井村の下総山に葬れ」ということで、かつての土佐藩下屋敷である現・大井公園に葬られました。周りには寺社もなく、本当にお墓しかありません。敷地は幼稚園と隣接しており、墓の向こうには金網越しに遊具が見え、草も生い茂り、かつての名君の墓とはとても思えない雰囲気です。

    酒豪ぶりで鯨酔公とあだ名されたほど大酒飲みだった容堂。
    同じ旧東海道沿いにある「品川利田神社」では、鯨碑があり、なんとなく鯨という言葉に因縁めいたものも感じます。

    画像出典:ウィキペディア


    伊藤博文の墓

    説明不要とは思いますが、元長州藩士で初代内閣総理大臣になった人物。歴史上、吉田松陰の松下村塾の門下生としても知られており、安政4年(1857年)に17歳の時に入塾し、後々尊皇攘夷運動に身を投じました。

    文久2年(1862年)には、高杉晋作らとともに、品川の御殿山のイギリス公使館の焼き討ちに参加したほどの過激派でしたが、藩命でイギリスへ密航し現地の大学で学んだあとは、一転して開国派になります。

    墓はJR西大井駅の北口から徒歩2分、西大井緑地公園のすぐ裏にあります。独立した神式の墓所で、鳥居があり、その奥には円墳の墓があります。右隣には梅子夫人の墓もあります。

    別邸が現在の品川区大井三丁目付近にあったことから、国葬後、近い場所に墓所が造られたとのこと。ちなみに伊藤博文の別邸は、平成10年に解体されたのち一部が山口県萩市に移されています。


    画像出典:筆者撮影、無料写真素材 写真AC


    いかがでしたか?遠く長州・土佐から離れ、奇しくも品川に葬られることになったかつての名士たち。品川近辺に集中しているので、一日でお参りに行くことも出来ます。

    志士とかつての名君がたどった数奇な人生の顛末に思いを馳せながら、お参りしてみてはいかがでしょうか。



    (出典 news.nicovideo.jp)




    【東京都 品川にある、幕末に知られた土佐・長州の偉人のお墓を紹介】の続きを読む

     大阪市天王寺区の四天王寺に伝わる平安時代後期の国宝「懸守」の内部に高さ3.3センチの精巧な仏像が納められていることが分かった。四天王寺と京都国立博物館が9日、発表した。これまでの調査で納入品があることは知られていたが、具体的に確認できたのは初めて。当時の信仰の有りようを知る上で貴重な発見という。

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    国宝「懸守」をX線CTスキャンした画像。如来が見える=京都国立博物館提供


    (出典 news.nicovideo.jp)



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